【インタビュー】ビッグデータで社会はどう変わるのか? これからのエンジニアの在り方とは

【インタビュー】ビッグデータで社会はどう変わるのか? これからのエンジニアの在り方とは

社会を大きく変えていくことが予想されるビッグデータと、これからのエンジニアの在り方について、ビッグデータの第一人者である石井一夫教授にお話をうかがいました。

近年、新型コロナウイルス感染症対策やAI技術の進歩・普及にともないビッグデータの活用が進んでいます。

社会全体でビッグデータの活用が進むことで、私たちの未来はどのような形に変化していくのでしょうか。

ここでは、社会を大きく変えていくことが予想されるビッグデータと、これからのエンジニアの在り方について、ビッグデータの第一人者である石井一夫教授にお話をうかがいました。

(インタビュアー・サクラサクマーケティング株式会社CTO山崎好史)

石井一夫(いしい・かずお)

石井一夫(いしい・かずお)/公立諏訪東京理科大学教授、久留米大学医学部内科学講座客員准教授。専門は、ビッグデータ、計算機統計学、データサイエンス。 2015年度情報処理学会優秀教育賞受賞。 社会課題(少子高齢化、地球温暖化など)の克服に向けた医療ビッグデータ、環境・農業ビッグデータの研究教育に従事。

ビッグデータの現在

ビッグデータの現在

現在ビッグデータでできること

――さまざまな分野でビッグデータの活用が進んでいますが、実際に現在ビッグデータでは何ができるのでしょうか。

石井一夫(以下、石井)ビッグデータ分析はビッグデータアナリティクスとも呼ばれており、しばしば悉皆(しっかい)調査といって、ことごとく皆調査する全数調査が実施されます。そしてスパコンと呼ばれる大容量メモリサーバを用いて、調査対象の全数理解を行ないます。

分析されたデータを用いることで、ビジネス分野であれば顧客ごとの理解を深めたり、最適な対応を決定したりといった、個人単位の理解を深めることが可能となります。

さらにビッグデータを活用することで、地球温暖化のような大スケールの事象も理解することもできます。つまり、ビッグデータは「よりきめ細かな個々のデータの理解」と「地球レベルの事象の全体理解」が同時に可能となるのです。

例えば、ジョンズ・ホプキンス大学による新型コロナウイルス感染症の分析では、世界各国の感染状況や、各国の相互感染の状況の理解が可能となりました。それに加えて、個人の感染を追跡してクラスターや感染経路を特定することもできます。

株式にしろ、マーケティングにしろ、農産物生産にしろ、気象データにしろ、あらゆるデータを解析することで、因果関係や相互関係が理解できるようになるのです。

このような理解は、DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進という面からも重要な役割を持っています。すなわち、「情報技術(IT)の浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」という側面です。

近年ビッグデータが注目を集めている理由

――近頃、急速にビッグデータが注目されるようになった背景には、どのようなものがありますか。

石井 技術革新によるところが大きいです。

ハード面ではスバコン、インターネット、クラウド、高速通信システムなど、ソフト面では並列分散処理、分散ファイルシステム、人工知能、深層学習などが登場しました。

特に2003~2004年頃には、並列分散処理や分散ファイルシステムなどが欧米で徐々に普及し、実用化が進んでいきました。有名なところでは、Google検索が分散ファイルシステムをベースにしているといわれています。

一般的にビッグデータの話題が挙がるようになったのは、2011年頃だと思います。2012年には当時のオバマ米大統領によるビッグデータイニシアチブなどもあり、それから10年ほどかけて、徐々にビッグデータの認知・活用が進んでいきました。

それ以降も、AIをはじめとするさまざまなビッグデータに関わる出来事が積み重なっていきました。こうした官民の努力と成果、社会的認知の結果が、近年ビッグデータが急速に注目されるようになった理由と考えられます。

日本におけるビッグデータ活用状況

――現在、日本国内ではどのような分野でビッグデータが活用されているのでしょうか。

石井 医療分野での活用が進んでいます。例えば、厚生労働省が構築しているNDB(ナショナルデータベース)が挙げられます。NDBは、レセプト情報や健診データを活用した世界最大規模の医療ビッグデータです。

日本では医療機関を受診した際にレセプトと呼ばれる診療報酬明細書が発行されています。これにより、全国のほとんどの患者さんのデータがデータベース化されています。私自身、そのデータ分析に携わっています。

農業分野では環境センシングが注目されています。これは環境データを解析し、栽培方法や収穫量の最適化を図るといった取り組みです。温度計・湿度計・照度計などの気象データ、ドローンで撮影した写真、人工衛星による衛星写真など、さまざまな角度でのデータ収集を行ないます。このような形の農業を、精密農業とか、スマート農業と呼んでいます。

こうしたビッグデータは、医療であれば医療の個別最適化や診療方針の決定を、農業であれば栽培方法の最適化などを、大量のデータに基づいて活用できるわけです。

――NDBのようなものは、日本のように国民皆保険制度が存在しないとなかなかデータ収集が難しいと思います。医療分野において、日本は欧米よりもデータ収集の点で有利なのでしょうか。

石井 確かに、日本は制度的に有利な立場といえるでしょう。例えば、アメリカでは無保険の人の数が4600万人を超えるというデータがあります。またイギリスもプライマリ・ケアなどがあり日本のように国民皆保険ですが、日本のNDBのような悉皆の医療データベースまでは整備されていません。国ごとに事情は異なります。

――では、他の分野における日本のビッグデータ活用状況はいかがですか。

石井 WebやIoT、AIなどデータに基づいたマーケティングやレコメンデーションは、AmazonアソシエイトやGoogleのアドセンスなどが有名ですが、国内企業でもそのようなビックデータは盛んに利用されています。

医療分野以外にも、製造業、金融、気象、交通、農産物、食品など、あらゆる分野でデータの分析が行なわれています。ただし、観光や農林水産業、介護、不動産業、建設業ではまだまだビッグデータの活用が遅れているのが現状です。

日本のビッグデータ活用状況
進んでいる分野:医療・製造・金融・気象・交通・農産物・食品 など
進んでいない分野:観光・農林水産業・介護・不動産・建設 など

――石井先生は和歌山県や甲信地方のプロジェクトなどにも参加していましたが、実際にどのようにデータを活用されたのでしょうか。

石井 和歌山県では薬剤師に関するプロジェクトに参加しました。日本では少子高齢対策と絡んで、薬剤師改革や薬局改革がどんどん進められています。おくすり手帳の電子化・アプリ管理や、薬剤の服薬状況をAIで管理するといった取り組みですね。これらの改革について、和歌山県がどの程度進められているのかを、データをもとに調査・分析しました。

甲信地方のプロジェクトは地球温暖化と関係した調査です。近年、気温の上昇にともない山梨県のブドウ生産量が減少してきています。一方で長野県は温暖化が進んだことでブドウの生産量が徐々に増えているという実態があります。

「いずれは山梨県と長野県でブドウの生産量が逆転するのではないか」「将来的には北海道や東北地方でブドウを栽培することになるのでは?」といった憶測もあります。そこで、実際の状況についてデータを用いて調査するという取り組みを行なっています。

このように、少子高齢化や地球温暖化といった問題に対しても、ビッグデータを活用することでさまざまなことが見えてくるのです。

ビッグデータの未来

ビッグデータの未来

5、10、20年先のビッグデータは何ができるのか

――今後もビッグデータの活用技術は進歩していくことが考えられます。近い将来、「身体をスキャンするだけで病気を発見できる」「手術が自動になる」など、一般市民に直接触れるようなビッグデータの使い方というのは実現するのでしょうか。

石井 データ活用のスケールアップや、データの利用方法の開発といった技術革新はどんどん登場すると思います。

例えば、最近では自然言語処理の翻訳精度が非常に向上しました。これまでもいろんな言語処理アプリは存在しましたが、まるで人間がしゃべっているかのように翻訳する段階までここ1〜2年で到達するとは予想していませんでした。

それまでの常識が全部ひっくり返されるような技術革新というのは、常にあります。これからもまだまだ我々が想像もしないような技術革新はありうるでしょう。

――ここ5年、10年といった近い将来でも、大きな変化が訪れる可能性はありますか。

石井 ビッグデータの活用技術の進歩は、もっと長いスタンスで進んでいくのではないかと思います。

ビッグデータはビジネスへの活用も重要ですが、日本や世界が直面している社会的問題の解決にもビッグデータの活用が不可欠です。

例えば、日本が直面している少子高齢化の問題では、医師不足や医療崩壊などの現象に対して、50年ほどのスケールで分析を進めていく必要があります。

また、地球温暖化はさらにスケールの大きな問題です。海水面の上昇や、多くの災害に対して、どのように対応していくのか。

食糧や水の高騰や不足、大雨や熱波、海水面上昇による異常気象と自然災害の増加、都市機能の停止など、我々の持続的な生活環境を壊滅的な状況に落とし込む、あらゆる社会問題が目前に迫っています。

こうした課題の解決のためにも、ビッグデータはなくてはならないものといえるでしょう。

ビッグデータが起こすイノベーション

――社会問題の解決に向けてビッグデータの活用は不可欠ということですが、ビッグデータが起こすイノベーションのイメージとは、どのようなものなのでしょうか。

石井 ビッグデータが起こすイノベーションに関しては、「第4次産業革命」という言葉がよく使われます。

18世紀末以降の水力や蒸気機関による工場の機械化である第1次産業革命、20世紀初頭の分業に基づく電力を用いた大量生産である第2次産業革命、1970年代初頭からの電子工学や情報技術を用いた一層のオートメーション化である第3次産業革命に続く、IoT及びビッグデータ、そしてAIが起こす第4次産業革命」です。

これはIoTやビッグデータ、AIが起こす産業革命を指しており、Society 5.0(※)という言葉もあります。

※ Society 5.0とはサイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)。狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、新たな社会を指す。

しかし、私は産業革命やイノベーションといったレベルで科学技術やビジネスを語れる時代は終わったと考えています。

人類の「ものを作って売る」という活動により、地球温暖化は急速に進んでいきました。これから先、ものを作って儲けるという行為には大きな責任がともなうのです。つまり、「ものづくりの時代は終わった、あるいは再考する時がきた」といえるでしょう。

今後我々が人間活動を拡大していくにしても、環境などのことを考慮しながら拡大していかなければ、もう産業革命そのものが立ち行かなくなる。そのような状態になっているのではないかという意味で、「再考する時期」を迎えたのではないかと思っています。

これから人類が直面するであろう温室ガス効果による壊滅的な危機や、自然災害に対して、どのように対処していくのか。それを考える際にビッグデータは大きな武器となります。

産業革命の特徴
第1次産業革命:18〜19世紀初頭、蒸気機関や紡績機などの軽工場の機械化
第2次産業革命:19世紀後半、石油や電力、重化学工業
第3次産業革命:20世紀後半、インターネットの出現、ICTの急速な普及
第4次産業革命:21世紀、極端な自動化、コネクティビティによる産業革新

出典:総務省「第 4 次産業革命における産業構造分析と IoT・AI 等の進展に係る現状及び課題に関する調査研究」(平成 29 年)

――石井先生は専門家として、今後ビッグデータにどのようなイノベーションを期待していますか。

石井 ビッグデータを活用することのメリットは、人間がわからないこと、意識していないことを、データを抽出することで発見できるという点にあると考えています。

例えば、自然災害などを事前に察知して、いち早く対応することができるようになれば、新型コロナウイルス感染症のような世界的大打撃は避けられるようになるかもしれません。

これからビッグデータは、こうした大きなスケールでの活用が進んでいくのではないかと思っています。

人類が人間活動を進めていった末に、どのようなマイナス面が出てくるのかを正しく理解・把握したうえで、我々はどうすればよいのかを考えていく。その答えもビッグデータを分析することで引き出せるのではないでしょうか。

――いわゆるビジネスとかではなくて、地球などの大きなレベルでもビッグデータは必要とされているのですね。

石井 そう思います。ESG投資(※)という言葉がありますが、昔は環境に対してビジネスになるということはあまり意識されませんでした。しかし今後、環境破壊が進むことで、ちゃんと守られている生活環境がすごく価値を持つようになる可能性があります。水産業や農業といったものが、非常に価値あるものとなって高騰することも考えられます。

※ESG投資とは、従来の財務情報だけでなく、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)要素も考慮した投資のことを指す。

これから先の未来では「いかに自然や環境を維持しながら生産活動をしていくのか」という考え方が必要となります。ビジネスに関する視点であっても、その目的は変化していくのではないかと思っています。

ビッグデータの社会的なポジションとは?

――ビッグデータの社会的なポジションとはどのようなものなのでしょうか。

石井 繰り返しになりますが、ビッグデータは、ビジネスや産業振興、イノベーションといった次元とは別の、人類が直面する大きな問題を解決・対処していくために重要なものです。

産業革命以来、人類の生産活動は、太陽エネルギーを起源とする化石燃料によって、膨張してきました。しかし、それによって、人類の未来が失われかねない危機に直面しています。産業革命を繰り返して我々が永遠に豊かになれるという概念は、すでに崩壊しています。それに早く気づいて、早く行動を起こさなければならないのです。

環境破壊や医療崩壊、自然災害、貧困……。人類の活動は、あらゆる社会問題を引き起こしています。

我々はこうした問題に対して、いち早く行動し、対処法を模索していかなくてはなりません。その回答を得る手段として、ビッグデータは必要不可欠であるといえるでしょう。

――ビッグデータが担う社会的責任が大きなものになると、大規模なデータ収集を行なうためには、多くの個人情報の取得も必要になります。例えば、街中にセンサーを設置して情報を収集することを、社会は受け入れてくれるとお考えですか。

石井 おっしゃるとおり、一番問題となるのはプライバシーに関することです。どうやって人々がそれを受け入れるのかという課題は当然あります。何事も良い面・悪い面があります。良い面を享受したければ、悪い面をいかにコントロールするか。データを扱う側のモラルも問われることになるでしょう。

ビッグデータとこれからのエンジニアの在り方

ビッグデータとこれからのエンジニアの在り方

ビッグデータによってエンジニアは不要になるのか?

――ビッグデータを扱う技術が進歩していくと、いずれはエンジニアが必要なくなるのでしょうか。

石井 不要にはなりません。むしろ、ビッグデータを扱える人材、データサイエンティスト、AIエンジニアは世界的に不足しています。そのため、ビッグデータを扱えるエンジニアは今後も需要があるでしょう。

しかし、将来的にデータサイエンスそのものが普及し、アプリが登場することで仕事がなくなってくるという現象は起こる可能性があります。

――ビッグデータを扱うエンジニアの仕事自体も変化していくのでしょうか。

石井 ビッグデータの活用については、これまでの標本調査から、悉皆調査による個別データの理解や全体理解といった方向にシフトしていくことが考えられます。それにともない、エンジニアに求められるレベルや仕事内容は変化していくでしょう。

スキルアップを怠って、単純作業を含む従来業務、従来事業に固執していては、そのエンジニアは生き残ることができないと思います。

ビッグデータを扱うエンジニアに求められるスキル

――ビッグデータを扱うエンジニアにはどのようなスキルが求められるのでしょうか。

石井 統計、機械学習、A Iといったテクノロジーはいずれ、既存技術、従来技術になります。データ分析も単純作業になり、その単純作業の分析者に甘んじていたのでは、いずれ生き残れなくなります。

多くのデータから問題点を発見する「課題を見つける能力」や、問題点に対して解決策を提供する「問題解決能力」といったスキルはもちろん、これからは「分析結果をいかに取り扱うか」といった部分も重要視されていくでしょう。

技術革新はどんどん進んでいます。新しい技術をどんどん取り入れて、新しくシステムとして構築するような能力はこれからも求められるでしょう。

課題設定、システム構築、問題解決。これらをチームリーディングできるエンジニアは、いつの時代も不足しています。

ビッグデータを分析するスキルを習得している人材は増えてきていますが、そこからさらに一歩踏み込んだスキルを持っている人材、つまり、本当のビッグデータを処理できる人材はいまだ足りていません。

このなかで、今後どのようなスキルが必要とされるかは、自身で見つけられるとよいでしょう。

――受け身でいるのではなく、自ら考え行動していけるエンジニアが求められているわけですね。

石井 そのとおりです。データサイエンスに関するアプリが登場しても、それが浸透していない分野ではこれからもエンジニアが必要とされます。

ビッグデータでいうと、データ処理アプリにデータを流し込むまでの「データをどうやってアプリに入れられるようにまとめるか」という部分や、あるいはその後「アプリから出てきた分析結果をどうやって現場に適用させるか」といった部分です。

それらを構築するためには、さまざまな技術が求められます。例えば、データベースの知識や、ビジュアル化されたデータを解釈するような統計学などの基本的な部分は押さえておく必要があると思います。

また、自身が「面白い」と思える分野のスキルを伸ばしていくことも、将来エンジニアとしての市場価値を向上させることにつながるのではないでしょうか。

まとめ

今回、ビッグデータにスポットを当てて、石井教授にお話をうかがいました。

ビッグデータやAIの活用が進むことで、従来エンジニアが担っていた単純作業という仕事は減っていく可能性があります。こうした変化のなかでエンジニアが生き残るためには、「自ら考え課題を発見し、その対処法を考える」というスキルが重要となります。

近年、我々は多くの環境問題や社会問題に直面しています。今後ビッグデータを扱うエンジニアは、そうした問題に対する配慮も求められることでしょう。

石井教授は医学博士であり、もともとビッグデータの専門家を目指していた方ではありません。医学の心得を活かして生物に関する大量の情報を扱うようになり、それがきっかけでビッグデータのスペシャリストとしての道を歩まれることになったそうです。

医学とビッグデータのように、一見交わることがないように思える分野であっても、強い好奇心をもつことでスペシャリストとして活躍できる可能性があるのです。

「人気があるから」という理由で仕事を選ぶことは決して間違いではありません。しかし石井教授のように「多くのものに触れて好奇心を育てていく」という視点を持つことで、将来より多くのキャリアパスを描くことも可能となるのです。

掲載日:2021/12/17

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