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トップページてくらぼ渡辺千賀のはたらけシリコンバレー行動し続けていれば、時として失敗しても必ず次のチャンスが訪れる(1/2)

渡辺千賀のはたらけシリコンバレー行動し続けていれば、時として失敗しても必ず次のチャンスが訪れる(1/2)

2008.05.19
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吉澤さんは、2008年1月からシリコンバレーにあるVMWare本社でソフトウェアエンジニアとして働いている。現在はESXサーバ関連のアップデートやパッチをリリースするのが仕事だ。控えめな語り口の吉澤さんだが、もともとは日本でアントレプレナーとしての道を歩んできた。

大学から起業への道

大学は大阪大学の物理学科だった。学部時代はボート部の合宿生活で、朝5時に起きて10時に寝る生活をひたすら続け、家に帰るのは日曜日だけ、という毎日。

大学院もそのまま物理学科に進み、初めて本腰を入れて勉強を始めた。

やってみると勉強は面白い。

それでは、ということで、そのまま博士課程に行くことにする。研究分野は半導体関連で、ナノメータとマイクロメータの間の領域を対象とするメソスコピック関連だった。クリーンルームでの実験や、電子顕微鏡でいろいろなものを見たりなど、研究はとても楽しかった。当時は、「通しで12時間そのまま実験室にいる」といった過ごし方が普通で、実験中ずっと、LabVIEWというプログラムで遊んでいた。LabVIEW は計測機器の情報をコンピュータに取り込んでビジュアルに扱うためにTIが作ったもの。これでゲームも作ったりする日々だった。

しかし、博士課程に進学してみると、「論文の内容よりも量が大事」といった大学の官僚的な面が見えてきて、ずっと研究を続ける気にはなれなくなった。

そう考えると吉澤さんの行動は早い。博士課程1年目の12月にはもう学校を辞めた。

その後、滋賀県にいる知り合いのベンチャーを手伝うことに。薬剤師をサポートするベンチャーだったが、この会社のホームページを立ち上げるのが吉澤さんの仕事だった。この仕事をしながら独学でLinux、Apache、MySQL、PHPなどを学ぶ。半年ほどするとサイトも順調に稼動したので手伝いは終了し、自分の会社を立ち上げることに。

それが、滋賀県の「e-まちねっと」という会社だった。地域のポータルサイトで、地元の商店主たちが簡単に自分のホームページを持てるような仕組みを提供することにした。

ザリガニまでの日々

しかし、時は10年以上前の1997年。まだまだ地元の商店主は

「インターネットって何?」

程度の認識しかない。

一方、当時はベストエフォート128kで常時接続のOCNエコノミーが3万円もしてコストはかさむ。

苦しい経営が続いた。

事業資金は全て自腹で、家庭教師、塾講師をやって稼いだお金でなんとか回していたのだが、だんだんとキャッシュが底を付き、一つ、また一つと公共料金が払えなくなっていった。それでも事業に使っているOCNエコノミーだけは止められないので、必死で3万円払っていたが、まずガスが止まり、電話が止まり、やがて電気が止まった。

そこでハタと気付いたのが、電気が止まると、インターネット接続があってもサーバが動かないということ。

関西電力で働いている弟に電話をかけてなんとか通電してくれと頼み込もうと思ったが、電話も止まっている。(もちろん電話が繋がったからといって実際通電できたはずもないのだが。)

「電気の大切さを身を持って知りました」

と語る吉澤さんである。

さらに当時は食べ物も貧しかった。パスタにかけるソースがないのでバジルのフリカケだけで食べていたが、だんだんそれも買えなくなり塩だけに。これを「ソルトパスタ」と名づけて食べる日々だった。

それでも2年ほどがんばって事業を続けたある日のこと。ついに空腹極まり、近くの用水路にいたザリガニを捕まえて食べることにする。

そして、実際捕まえたところで

「いくらなんでも潮時かな」

とザリガニを用水路に放し、事業を辞めることを決意。

年商3億円のネットショップ経営へ

しかし、懸命に働いてきたのは決して無駄ではなかった。

「e-まちねっと」をたたんだ後、塾講師の知り合い経由で、

「知り合いの医師がネットビジネスをしたいが一緒にやってくれる人を探している」

という話があり、その医師の事業を手伝うことになったのである。

それは「日本の中古のゲームをアメリカで売る」というものだった。日本で100円の中古ゲームが、アメリカのeBayで売ると100ドルくらいになったからだ。もともとその医師は国内の絵画売買の事業をやろうとしてうまくいかず断念、手元にあった事業用の絵画の売却益を元手に新しい事業を始めようとしていた。

しかし、吉澤さんの目からは絵画の方が商売になりそうに見えた。ヒロ・ヤマガタ、トーマス・マックナイトといった画家の版画で10-20万円くらいのものが、展示会では50-100万円で売られている。まっとうな価格で販売すればきっと買ってもらえると思ったからだ。滋賀県だけでこの事業をするのは厳しいが、インターネットで全国にリーチすればいけそうだ。そこで医師を説得、中古ゲームではなく版画を売るネットショップをはじめることにした。

この事業はかなり上手く行き、6年後に吉澤さんが辞める頃には、年商3億円規模になり、アルバイト含め社員を10人ほど抱えるに至った。

ここで吉澤さんは、「商売のよさ」を学んだ、という。

というのも、それまでは、「お金を稼ぐ」ことに罪悪感があったからだ。大学も理学部で

「工学部より金に関わらない神聖なことをやっている」

という空気があり、それがよいものだとなんとなく信じていた。

しかし実際商売をすると、顧客がお金を払ってくれるのは、その顧客に喜んでもらえたときだ。

「10万円の買い物をしていただいたうえに『ありがとう』と言ってもらえる。お金を稼ぐのは顧客に喜びを提供することと表裏一体であることが体でわかりました」

と語る吉澤さんである。

そして、お客様に喜んでもらえるために、様々な努力もした。ネットショップを始めた頃は、まだアマゾンも成功していない時期で全てが手探りだった。しかし、会って話すよりメールの方が本音を引き出せることもあることがわかってきた。メールならではの気軽さで、特定の版画が好きな理由や、それにまつわる昔話を克明に書いてきてくれる顧客が何人もいたからだ。そうした顧客の気持ちを引き出すような対応をするよう精一杯心がけた。

また、いろいろな勉強もした。

ホテルやディズニーなど、顧客にサービスする事業について書かれた本を教科書がわりに読み、大前研一のビジネスブレークスルーという衛星放送の有料番組も購読した。社員に対しても勉強会を開くなど、成長の場を与えようと心を砕いた。

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渡辺千賀プロフィール

渡辺千賀

シリコンバレーのコンサルティング会社、Blueshift Global Partners ( http://www.blueshiftglobal.com/ ) 社長。 技術関連事業での日米企業間アライアンスと、先端技術に関する戦略立案を行う。 商社と戦略コンサルティング会社での経験を生かし、口も足も動くコンサルティングを実践している。 また、シリコンバレーで働く日本人プロフェッショナルをサポートするNPO、Japanese Technology Professionals Associationの共同代表も務める。 東京大学工学部都市工学・学士、スタンフォード大学MBA。 三菱商事、マッキンゼー、ネオテニーを経て現在の会社を起業。

Blog : On Off and Beyond ( http://www.chikawatanabe.com/

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