トップページてくらぼ渡辺千賀のはたらけシリコンバレーvol.6 今回は、日本からシリコンバレーにやってきて働いている石塚さんの話(1/2)

渡辺千賀のはたらけシリコンバレーvol.6 今回は、日本からシリコンバレーにやってきて働いている石塚さんの話(1/2)

2008.02.04
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石塚さんは現在シリコンバレーにあるRockYou(http://www.rockyou.com)という会社のチーフアーキテクトをしている。RockYouは設立してまだ二年に満たないベンチャーだが、フェースブック上で動くアプリケーションのトップ供給元として話題だ。フェースブックだけでなくMySpace、Hi5、BeboといったSNSで、ユーザが自分のページに組み込んで使えるアプリを70以上作っており、特に人気の高いSuper Wallというアプリケーションは、一日あたりのアクティブユーザーが300万人を超す。これを社員30名で支えている。

石塚さんが、そうした「バリバリのベンチャー」のチーフアーキテクトとなるに至った経緯と今の会社の様子を伺った。

アメリカに来たきっかけ

石塚さんは1979年生まれ。中学生のとき、父親がアメリカの大学にMBA留学するのについて渡米。ボストン郊外の学校に編入する。家族の米国滞在予定はもともと1年で、その期間終了と共に皆日本に帰ったのだが、石塚さんは、「このままアメリカに残りたい」と、全寮制の寄宿舎高校に入る。

どうして家族と離れてまでアメリカに残りたいと思ったのか?

「アメリカの学校の方が自由で楽だった。自分の好きな科目を選べたり。あと、最初の頃英語ができずに困っていたら、理科の先生が日本人のチューター(個人指導員)を雇ってくれた。チューターの人が、宿題の英語を日本語に訳してくれて、それに日本語で答えると、その人がまた英語に訳してくれた。素直に『いい国だなぁ』と思った。」

さて、高校卒業後はJohns Hopkins大学の経済学部に進学。経済とはまた意外な学部だ。

というのも。

アメリカでは日本のように文系の学科を出てプログラマになる、ということはまずありえない。本人もやりたくないし、周りも期待しない。プログラマのなり手が足りなかったら、外国から雇ってくるという発想になる。

そんな中、経済学部出身の石塚さんがプログラミングをするようになった秘密は、大学時代のルームメイト。この人がコンピュータサイエンス専攻で、彼にコンピュータやインターネットのことをあれこれ教えてもらい興味を持つようになった、とのこと。

大学卒業後は、日本のウェブ制作会社に就職する。

「中学半ばから大学までの10年近くをアメリカで過ごしたので、一度日本に住んでみたいと思っていた」

とのこと。就職先は80人ほどの会社だった。が、そこで3年働いた頃には、会社の中に自分より技術に詳しい人がいなくなってしまい

「そろそろ別の会社に移ろうかな」

と思っていたところ、前述の大学時代のルームメイトから

「起業するから一緒にやらないか」

という誘いが。それにこたえてシリコンバレーへ。

教訓:友達は大切にしよう。

RockYouで

さて、ファウンダー4人でRockYouを設立したのが2006年2月。そのあとずっとCTOの人の自宅で働き、8ヵ月後の10月に、オフィスに移って人を雇い始めることができた。オフィスに移って「自分で働いているものが会社として機能している」と実感できたのが、これまでで一番嬉しかったことだそうだ。

その後1年間で会社は30人に成長したわけだが、石塚さんの生活はどんな感じだろうか?

「朝10時に会社に行って、夜9-10時まで働き、残りは家で仕事して3-4時に寝る、というのが基本パターン。土・日もなんだかんだと仕事があり、本当に仕事を全くしないで休めるのは月に1日くらい。」

日本のIT業界の方から見れば「どうってことない」かもしれないが、シリコンバレー的には猛烈な仕事振り。仕事時間中にだらだら食事に行ったりすることもなく、根をつめて働くのが普通なのでかなり大変だ。

さて、日本とシリコンバレーの会社、両方で働いてみて、どんなところが一番違うか?

「日本の会社で働いていた頃と、RockYouの最大の違いはスピード。RockYouでは新しい機能の開発期間は長くても2週間。これは、『アイデアが出た』ところから『リリース』までの期間。時には数日ということもある。日本の会社は受託仕事で、今は自らが提供するサービス、という違いはあるが、スピード感の差はすごい。」

石塚さんは現在12人ほどのエンジニアチームをマネージしている。チームには、サーバメンテナンスを行う運用の人たちと、開発の人たちがいる。大体が20代後半から30代前半で、ほぼ石塚さんと同年代。

「一人すごい人がいる。Googleのエンジニアだったこともあり、ここ数年はフリーランスでプログラマとして働いてきた、という人。RockYouにも最初はコンサルタントとして参加し、その後正社員になった。この人には、スペックと期日を伝えて成果が出てくるのを待つだけ。方向性についてアドバイスもしてくれる。ただし、この人、今40才くらいだが、部下のマネジメントなど興味がなく、ひたすらコードが書きたいタイプ。」

シリコンバレーにはこういう「生涯一プログラマ」という人がたくさんいて、しかも重用されている。手を動かしてコードを書く部下の方が、マネジメント職の上司より給料が高いことも多い。・・・というか、高いことの方が多い。

さて、そんな石塚さんの部下12人のうち、8人が、海外で生まれてアメリカに移住してきた人たち。出身国はインドネシア、ロシア、ウクライナ、中国、カナダ、香港、そして日本など。これもシリコンバレーでありがちだ。

ただし、全員RockYou応募時点でグリーンカード(永住権)もしくはアメリカ市民権を持っていた。激動のベンチャーでは、取得するのに数ヶ月かかる就労ビザを出している暇は中々ない。石塚さんの場合は、高校時代にグリーンカードを取得してあったので、気軽にアメリカのベンチャー設立に参加できたのだが。

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渡辺千賀プロフィール

渡辺千賀

シリコンバレーのコンサルティング会社、Blueshift Global Partners ( http://www.blueshiftglobal.com/ ) 社長。 技術関連事業での日米企業間アライアンスと、先端技術に関する戦略立案を行う。 商社と戦略コンサルティング会社での経験を生かし、口も足も動くコンサルティングを実践している。 また、シリコンバレーで働く日本人プロフェッショナルをサポートするNPO、Japanese Technology Professionals Associationの共同代表も務める。 東京大学工学部都市工学・学士、スタンフォード大学MBA。 三菱商事、マッキンゼー、ネオテニーを経て現在の会社を起業。

Blog : On Off and Beyond ( http://www.chikawatanabe.com/

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