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世界を旅する前のプログラマジムは世界を旅するプログラマだ。 私が去年書いた本の中でもちょっと触れたのだが、今回は、詳しくジムの話をしたい。 カリフォルニア生まれ。 フロリダの大学で電気電子を学ぶ。 とはいうものの、働きながらパートタイムで大学生をしていたため、卒業には10年かかった。 「うちは大学の学費を出してくれるような金持ちじゃなかったから、ま、働かないと学校に行けないしね」 大学時代の仕事はずっとディズニー。(フロリダには巨大なディズニーワールドがある)。 最初はアイスクリームの売り子をして、 「かわいい女の子もいっぱい通るし、なんて楽しい仕事かと思ったよ」 とのことだが、 バイトながらだんだんと出世し、最後はエンジニアリングの部門勤務に。 ユーロディズニーがオープンしたときは、システム設計関係の仕事でパリに出張。 さて、大学を卒業した後は、とある、レーザーガンで撃ち合うシューテリングアリーナ運営の会社に就職。 あちこちのアリーナ設営に際してのシステム構築が彼の仕事。 東京にも出張したそうで、旅ができるのは楽しかったが、経営陣がどうにもうさんくさいのに嫌気がさして2年ほどで退職。(その後、会社オーナーは脱税で国外逃亡、二度とアメリカの土を踏めない人になってしまったとのこと。) 当時はITバブルのまっただ中だったので、仕事はいくらでもあるだろう、としばらくプー暮らしをした後、ある日新聞の求人広告で見つけた、契約社員でのIT部門の仕事を始める。 「ポインセチアをグァテマラで育てて世界中に売る会社」だったそうだ。 一応勤務地はカリフォルニアのサンディエゴだったのだが、システム構築と、その後のスタッフトレーニングが仕事で、これまたグァテマラに行ったり来たり。 世界を旅するプログラマの誕生そうこうしているうちに、 「これって、もしかしてサンディエゴでもグァテマラでもなくて、どこにいてもできる仕事なんじゃない?」 と思うに至り、海外を旅しながら仕事をすることを思いつく。 思い切り珍しいところに行きたい、と思いつつも、当時のガールフレンドが「英語圏じゃなきゃ嫌だ」というので、「じゃオーストラリア」。 ポインセチアの会社に 「かくかくしかじかで、オーストラリアで働きたいんだけど」 と申し出たところOKが出て、ガールフレンドと二人でオーストラリア放浪の旅へ。 ガールフレンドが運転担当。 合間を縫ってラップトップでジムは仕事。 「オーストラリアの物価はアメリカの半分だったから、なんかとってもリッチな2年間だった」 とのこと。 オーストラリアはハイテクの仕事を求めており、アメリカの会社からITで給料をもらっている証明を出すことで永住権も取得できた。 が、しかし。 ガールフレンドと破局を迎え、アメリカに帰国。 ポインセチア会社のシステムもできあがってこれといって仕事もなくなってきたので、今度は 「いままで縁のなかった寒い山の中に住んでみよう」 とユタ州へ。 「オーストラリアにいた頃ちょうどシドニーオリンピックがあって、たまたま見に行ったらとってもよかった。ちょうどユタも、翌年ソルトレイクで冬季オリンピックがあったので、 『ユタで働けば、またオリンピックが見られるな』 とも思ったんだよね」 とのこと。 ギリシャでは、昔働いていた会社からの依頼仕事をアルバイト程度にこなすのみ。 新しいガールフレンドとも盛り上がりつつあったので、アテネにほど近い海辺のアパートを借り、ガールフレンドもアメリカから呼びよせ、毎日海で泳ぐ日々を過ごす。 そんな日々が1年半ほど続いた後、ガールフレンドと結婚、シリコンバレーに移り住んで「今度はしばらく定住して子供でも作ろうかな」という昨今である。 「しばらく中国で暮らすのもいいかなぁと思ってるんだよね」とのことであった。 世界を旅しながら仕事をするための条件さて、こう書くと、ジムはまるでその日暮らしのグータラ野郎のようだが、こういうことができた裏には二つの大きな理由がある。
1) 能力と誠実な仕事ぶりきちんと成果を出さないとこういう仕事の仕方はできない。 ダメだと思えば切られる。どうでもいい人材だったら、「オーストラリアから働きたい」と言ったところで 「どうぞご勝手に新しい仕事を探してください 。うちの会社の仕事はもういいよ」 となるだろう。 アメリカでは、新しい仕事探しでは、以前の職場での働きぶりを知る人複数からリファレンスを取るのが常識。 通常電話で、どんな仕事ぶりだったかを聞く。 リファレンスと先は、仕事探しをしている本人が会社に紹介するので、あまり変なことを言うわけではないが、婉曲表現ながら結構ネガティブな情報も聞き出せるもの。 というわけで、グータラな仕事をすると、次の職探しにも響く。 また、ジムが学生時代に働いたというディズニーは、従業員に対する鉄の戒律で有名な会社だ。 アイスクリーム売りからはじめて、パリ出張してIT設計をするまでになったのは、たとえ園内の売店であってもきちんと働いていたからに違いない。 2) 自分から求める最初から 「どうぞ、世界中のお好きな場所に住んでください。仕事はインターネットで送っていただければ結構です」 などという雇用主がいるはずがない。 きちんと成果を出し、会社との交渉において自分が強くなったところで、自ら求める。 与えられた条件の中で与えられた仕事を黙々とこなすことは美徳でもあるが、 「自分が口に出さないでも、誰かが自分の望み通りのことをお膳立てして欲しい」 という甘えが潜んでいることもある。 与えられたものだったら文句をいうこともできるが、自分で望んでしまったことは自分で責任を取らなければならない。 「世界の旅」よりもっと小さなことであっても、自分から条件設定をするのは怖いことではあるのだが、人と違う働き方を実現するためには欠かせないハードルでもある。 3) 社会との関わり方「これまで働いた会社はどこも『正社員にならないか』と言ってくれたんだけど、そういう縛られた働き方って嫌なんだよね。」 とニコニコと語るジム。 彼はまた、「プログラミングが大嫌い」だそうだ。 大学時代に取った授業で最も嫌だったのがプログラム、と。 「人と会っているのが好きだから、一人でコンピュータに向かってずっと働くなんてほんとに嫌だ。」 仕事では、なるべく効率的なシステムを作ることで「他の人がコンピュータに向かわなければならない時間を少しでも減らす」ことが最大の喜びとのこと。 また、インターネット越しに世界を転々としながら働くためには、これ以上に最適な仕事もない。 ということで、 「自由に生きるためにはなかなかいい仕事だよ」 とも。 「好きなことを仕事にする」という「天職」に憧れる人も多いかもしれないが、たとえ嫌いな仕事であっても、引き換えに自由な場所で働く、という自由を得られることもあるのである。 ジムはまた、障害者の子供たちをヨーロッパから迎えてフロリダのディズニーワールドに連れて行くボランティアを続けている。 毎年3週間をこのボランティアに費やす。 今年も10月にこのボランティアをやってきたところ。 「子供たちのうれしそうな顔を見ると、僕も本当にうれしい。」 人間の社会との関わり方には、いろいろな形があるのだ。 このレポートに関するご意見・ご感想は下記までお願いします。
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