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渡辺千賀のはたらけシリコンバレー常にチャレンジし続ける(1/4)

2008.10.20
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ジェームスは日本人の母親とイギリス人の父親を持つハーフ。日本で生まれ高校まで日本で育った。今はシリコンバレーの弁護士をしており、最近サンフランシスコで知り合いの弁護士二人と法律事務所、Pacific Crest Law Partners(http://www.pacificcrestlaw.com)を立ち上げたところだ。いわゆる「バタ臭い顔」のハーフで、高校時代からいろいろなチームスポーツで鍛えたがっしりした体つき、完璧にバイリンガルのジェームスだが、アメリカに来たのは大学進学の時がはじめて。その後、外国人が皆経験する様々なカルチャーショックを乗り越えて今日に至る。さらには、就職してたった4年の間に、信頼した上司に去られ、転職先の会社が解散し、新たな転職先ではレイオフを通告される、といった数多の苦難も経験しつつ、30代半ばで国際規模の大法律事務所のパートナーとなり、さらに独立して自分の事務所を構えるまでに至ったジェームスのこれまでの軌跡を聞いた。

アメリカになじむまで

日本では米軍基地のアメリカンスクールに通った。学校ではハーフが大半で、ハーフのジェームスとしてはごく普通に溶け込めることができる環境だった。父親はイギリス出身で世界を旅した後日本に落ち着き英語教師をしていた。とはいうもののジェームスは学校を一歩出れば普通の日本人の暮らしで、近所の日本人の友達と遊ぶ日々だった。

通っていた高校では、生徒の8割がアメリカの大学に進学したので、ジェームスもその流れであまり深く考えずにアメリカの大学へ。選んだのはカリフォルニア州立大学サンディエゴ校。

「本当に何も知らないままアメリカに来た」

と言う。1989年のことだった。

アメリカの国土がどれくらい広いのかも感覚としてつかめないまま、知り合いがいるロサンジェルスにカバン一つで到着。
ロスからサンディエゴは200キロ、東京名古屋間ほどの距離だ。

「ロスまで行けば、サンディエゴまでは適当に電車に乗って行けるのでは、と思っていた。でもそんな便利なものはなくて、結局ロスで車を借りて自分で運転してサンディエゴまで行くことになった」

と笑う。

実際のところ、アメリカどころか、大学に進学したのも家族ではジェームスが最初。大学に進学するということがどういうことなのか、その後のキャリアはどう考えるべきなのか、何もかも未知数の中でのいきなりの外国暮らしだった。

もちろんサンディエゴでの学校生活ではカルチャーショックを受けた。サンディエゴが田舎なことにも驚いたが、それ以上に学内の友達づきあいの社会の成り立ちを理解するのが難しい。英語の問題はなかったが、自分の居場所が見つからない。人種も多数、育ってきた環境もばらばらなカリフォルニアの大学は、それまでジェームスが知っていた「ほとんどがハーフ」というアメリカンスクールでの暮らしとも、「自分以外はみな日本人」という学校外での暮らしとも違い、どこに自分の立ち位置があるのかわからない。

「アメリカになじむ、ということだけで最初の2〜3年を無駄にしてしまったような気がする。あのときに、もっと将来したいことを考え、それを目指して努力することもできたかもしれない」

とジェームスは言う。

卒業後のキャリアについては特に深い思い入れはなかったのでペッパーダイン・ビジネススクールへ進学した。ペッパーダインで取った企業法のクラスで初めて「法律は面白そうだ」と思い、真剣に企業法に関わる仕事がしたいと思うようになる。その頃になってはじめて、アメリカを自分の居場所だ、と感じるようにもなってきてロヨラ・メリマウント・ロースクールへ進学することにした。

学歴の壁

企業法に興味を持ち、日本語と英語のバイリンガルであるジェームスは

「大手の事務所で日米の企業間のビジネスに関わるような法律の仕事をしたい」

と思うようになった。
しかし、ここで学歴の壁が立ちはだかる。

英語は完璧とはいえ日本で育ったジェームスは、アメリカでのキャリアのスタート時点で卒業大学やそこでの成績がどれほど重要視されるかをを少々軽く見ていた。現実には、メジャーな法律事務所との面接にこぎつけるには、全国でも上位のロースクールに通うか、学内でトップ5-10%の成績を取る必要がある。しかし、ジェームスが通ったのは全米に200以上あるロースクールの40位くらいの学校で、学内の成績も上位25%に入る程度。大手の法律事務所とは面接にすらこぎつけない状態だった。
ちなみに、弁護士の仕事は犯罪関係と民間関係に大別される。裁判所などでキャリアを積むことになる犯罪関係ではなく、民間の法律を扱うキャリアをジェームスは選んだわけだが、民間の法律でもビジネスや起業に関わるような企業法の華やかな世界と、民事訴訟を主体とする世界とでは随分色合いが異なる。

国際的な企業法を目指すジェームスだったが、夢はあっても現実は厳しい。やっと見つかったサマーインターンの仕事は、サンディエゴにある訴訟にフォーカスした小さな法律事務所でのものだった。

しかし意外にもここにアジア関係の仕事をしているパートナーがいた。法律事務所ではパートナーが一番上位の役職。このパートナーが複数で合議制をとっている、という運営形態が普通だ。それ以外の「ヒラ弁護士」は通常はパートナーについてその下で仕事をすることになる。

「このパートナーの下でだったら国際的な企業まわりの仕事ができそうだ」

と期待し、ジェームスはその事務所に卒業後は就職した。

一方、プライベートでは、ロースクール時代に知り合ったクラスメートの女性と結婚し、スムーズにキャリアがスタートしたかに見えた。

ところが、ジェームスが就職する数ヶ月前、頼みの綱のパートナーが北京に移ってしまう。残されたジェームスは訴訟関係の仕事に明け暮れることになった。が、訴訟はすればするほど自分に向いていないことが明らかになった。法廷での議論に情熱を燃やすタイプが訴訟では生き生きとするが、ジェームスはそういうタイプではなかった。議論のための議論、相手を傷つけるための論争、そんなものにひたすら長い時間をかける気にはなれない。

そこで就職して3ヵ月たった頃から別の仕事を探し始めることにした。もちろんやりたい仕事は企業法関係、それもできれば日本とのやり取りに関わることだ。

しかし、卒業したてで何の経験もないジェームスにはそんな仕事は中々ない。

ここでアメリカの弁護士事情だが、カリフォルニアだけで15万人の弁護士がいる。そのうち半分が個人事務所で働いている。この中には望んで個人事務所を持っている人もいるが、「就職先がないのでやむなく個人事務所」という人も多い。ロースクールを卒業した時点で1,000万円近い学費の借金を抱えている人が多く、何とかしてこれを返さないとならないという負担もある。結果として、ロースクールを出ても就職先が見つからずに個人事務所を開設、経験もないままに法に携わり、問題を起こして免許剥奪になる例も後を絶たない。非常に競争の激しい職業なのだ。

そんな中での転職先探しは困難を極めた。

とはいうものの、仕事を探し始めて6ヵ月たったところで、新聞にこれはと思う求人広告を見つけた。「アジア関係のビジネスにフォーカスしたパートナーの下で働く」という、ジェームスにとっては大変望ましいポジションではあった。結局はこの仕事につくことになるのだが、会社側の都合で面接から採用に至るまでなんと9ヵ月も待たされるという、気の遠くなるようなプロセスを経ることになった。

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渡辺千賀プロフィール

渡辺千賀

シリコンバレーのコンサルティング会社、Blueshift Global Partners ( http://www.blueshiftglobal.com/ ) 社長。 技術関連事業での日米企業間アライアンスと、先端技術に関する戦略立案を行う。 商社と戦略コンサルティング会社での経験を生かし、口も足も動くコンサルティングを実践している。 また、シリコンバレーで働く日本人プロフェッショナルをサポートするNPO、Japanese Technology Professionals Associationの共同代表も務める。 東京大学工学部都市工学・学士、スタンフォード大学MBA。 三菱商事、マッキンゼー、ネオテニーを経て現在の会社を起業。

Blog : On Off and Beyond ( http://www.chikawatanabe.com/

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